昭和20年代 戦後まもなくの自動車

戦後の日本の自動車産業の復興はGHQ(連合国最高司令官総司令部)がトラックの生産を許可1945年9月(昭和20年)、小型乗用車の台数限定による生産の許可1947年6月(昭和22年)から始まりました。


昭和20年代の終わりには日本の産業復興には自動車産業の発展が必要とされ、通産省の指導のもとに海外メーカーと技術提携し、国内メーカー数社による外国車のノックダウン生産が1953年(昭和28年)に始まりました。

ノックダウン生産:輸入部品での自動車の組み立て生産
日産自動車はオースチン、日野自動車はルノー、いすゞはヒルマン ミンクスとの記述提携をし、トヨタ、プリンス、富士重工は自主技術によって自動車の生産を始めました。
  
1953年(昭和28年)いすゞヒルマンミンクス  1953年(昭和28年)日産オースチンA40
1953年(昭和28年)日野ルノー
その翌年1954年(昭和29年)には第一回全日本自動車ショーが開催されクルマ社会の幕開けとなりました。


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