蒸気機関と蒸気自動車

トーマス ニューコメン(Thomas Newcome)は1712年に世界最初の蒸気機関を完成させたが、まだ蒸気圧を積極的に使うというところまでには至っていなかった。

その後、多くの技術者が蒸気機関の改良に熱中し、その中で最も飛躍的な進歩を遂げたのがジェームス ワット(James watt)の蒸気機関であり、鉱山の排水ポンプの主流になった。

さらに排水ポンプ以外にも使用されるようになり、1781年には蒸気機関による回転機関を完成させ、その後は工場の動力など様々な動力源として利用されるようになりイギリス産業革命のけん引力となって行きました。

 

蒸気機関が動力として盛んに使われるようになると、人力や馬力で行われていた車の動力を蒸気機関で使うことを考え始めました。

最初の蒸気自動車は試作車としてフランス人キュニヨ(Nicolas Joseph Cugnot)によって1769年に作られました。

三輪車のこの蒸気自動車は時速3.5kmで走行したが最初のテスト走行で破損し実用化はされませんでした。

キョニヨの蒸気自動車

その後は他にも実験車が作られ利用されていき、1800年代の半ば頃には蒸気自動車の能率が向上し鉄道と競争できるレベルには達していましたが、失業を招くとの反対があり、イギリスでは鉄道業者と馬車業者が一緒になって反対し蒸気自動車の使用がほとんど不可能な制限法(赤旗条例)を通してしまいました。

赤旗条例のため、その後の自動車技術はおもにイギリス外で発明考案され、蒸気機関は鉄道、船舶で利用されていきました。

赤旗条例

自動車前方55mに赤旗か赤いランタンを持った人が自動車が来ることを知らせながら走る。

制限速度6.4km(郊外)3.2km(市内)



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