昭和30年代の自動車

昭和30年代は飛躍的な経済成長の中、オリンピックに向けて交通網の整備が急速に進み、それまでトラックなどの商用車が中心の自動車から多くの一般大衆向けの乗用車が開発され販売されました。

また昭和30年(1955年)の通産省(現経済産業省)の国民車構想もあり各メーカーは次々と乗用車の開発を進めていきました。

急速な自動車台数の増加に対して道路交通網が整備されてないため、交通事故が多発して交通戦争という言葉が流行語になるほどであり、その後歩道、信号機、が整備され、交通規制や取締が強化されましたが(昭和45年1970年)まで交通事故の死亡者は増加しました。

 

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この時代から自動車生産数は飛躍的に伸び、1961年(昭和36年)には100万台、1966年(昭和41年)には230万台になり、日本はアメリカ、西ドイツ(現ドイツ)に次ぐ世界第三位の自動車生産国になりました。



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