マツダ コスモ スポーツ

1958年にフェリックス ヴァンケルンによって完成されていたロータリーエンジンに興味を示していた東洋工業 松田恒次社長は提携交渉を進め1960年にヴァンケル研究所、NSU社と技術提携に仮調印し、翌年1961年に技術提携が正式に発効した。

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1967年ー1968年 マツダ コスモ スポーツ

東洋工業は早期にローターリーエンジン搭載車を発売することを期待していたが、ローターリーエンジンは完成された技術ではなく、多くの開発しなければならない問題があった。

最も大きな開発上の問題はチャターマーク(燃焼室とローターの摩擦による傷)の問題であり、アペックスシール(回転するローターの頂点に付く、レシプロエンジンのピストンリングの役割をする部品)の開発に多くの時間を費やした。

ロータリーエンジンの開発が始まってから2年後の1963年、東京モーターショーに1ローターを2ローターのエンジンが出品された。1ローターは400cc 35馬力/6000rpm、2ローターは400cc×2 70馬力/6000rpmとされた。

西ドイツでは1963年のフランクフルト モーターショーにローターリーエンジン搭載のNSUスパイダーが出品され、翌年から発売予定となっていた。1ローター 50馬力/6000rpm

1964年の東京モーターショーに東洋工業はローターリーエンジンを搭載した400cc×2 70馬力のスポーツクーペを出品した。

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その後1965年、1966年と東京モーターショーにプロトタイプを出品した後の1967年にコスモスポーツが発売された。1966年のプロトタイプには2ローター491cc×2が搭載された。

エンジンは2ローター491cc×2 110馬力/7000rpm 最高速180km 前輪にはマスターバッグなしのディスクブレーキが標準装備された。

発売翌年の1968年には細部が変更され、エンジン出力が110馬力から128馬力へとアップされ、ギアボックスが4段から5段へ変更された。最高速200km/h

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1968後期ー1972年 マツダ コスモ スポーツ

その後、コスモ スポーツの生産は1972年に終了した。



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